旅行・地域

2017年5月 6日

謎のタワー

1 GWの早朝、大阪湾内にある人工島「舞洲:まいしま」に向かって此花大橋をジョギングしていると、ひときわ目立つ建物が目に止まりました。物流センターやスポーツ施設が立ち並ぶ中、橋の袂にちょっと浮いた謎の2つのタワーがそびえ立っています。
2 近くまで来て案内板を見ると、「ごみ処理場」との記載が。謎の2つのタワーはそれぞれ焼却場と汚泥処理場の煙突だったんですね。この建築物をデザインしたのが世界的な建築アーティストであるフンデルトヴァッサー氏によるものだそうです。ゴミ処理場の汚いイメージを払拭するためかと思いますが、いかにも大阪らしさが伝わってきます。ただ建築費が新国立競技場に匹敵する1400億円超と、半端ない額なのが気になりますが・・

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2017年4月16日

県庁所在地

Photo いわき市歯科医師会の理事の仕事を担当してから、福島市へちょっとした出張に行く機会が増えました。県の歯科医師会館を含め、様々な機関が県庁所在地に集約するのは仕方がないことですが、浜通りの南端にあるいわき市からの出張となると、アクセスも限られ、滞在時間が短くても1日がかりの仕事になってしまいます。県の中央にある郡山市に県庁を置いてくれればよかったのですが、廃藩置県後の府県制から都道府県を決定する際に、当時は民の利便性だけで決定するわけにはいかない事情があったようです。
郡山は明治初期、安積野と呼ばれ、水の便が極めて悪く農耕に全く適さない不毛の地で、開拓されるまでは県庁を置くにはふさわしくない場所でした。
また会津は新政府と激戦を交わした「賊軍」の地であり、いわきは中通りとの交通の便が悪く対象外でした。残ったのは福島で、新政府との軋轢も少なく、ある程度栄えていて、当時は阿武隈川経由で、太平洋との水運もあったなどの理由で福島市に決定したようです。
東西150km以上ある横長の形をした島根県でも同様に、東端に県庁があり、西側の県民にとっては様々な点で負担を強いているようです。かといって県庁所在地を変えるとなると莫大な予算が必要となり、移転するには現実的には厳しいでしょう。人と人が向き合うウェットな場は大切にすべきですが、事務的でドライな事項はもっとデジタル化を推進してほしいと思います。

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2015年3月17日

上野東京ライン

01 東京への足として利用している常磐線特急ですが、今回のダイヤ改正でようやく乗り換えなしで東京駅まで行けるようになりました。東京、品川まで1本で行けるようになり嬉しい話ではありますが、時間に関しては東京駅まで約3時間で、高速バスとあまり大差ありません。運行本数は1時間に1本で、東京駅の最終は夜8時台と時間に関してはまだまだ利便性が悪いという印象です。利用客が少ないので仕方ありませんが。それに比べ、賑わいを見せている北陸新幹線は、東京ー金沢間が約2時間半と信じられないくらいの速さです。今の日本の時間地図を見てみたくなりました。さてどんな形になるのでしょうか。

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2012年4月10日

スーパーひたち

123年ぶりに特急スーパーひたちが新しくなりました。月に3,4回利用することもありますので、東京までの二時間半の移動時間は貴重です。新車両は天井が高くなり、室内が広くなったようです。またシートが黒に統一され、ちょっとシックになりました。一番うれしいのは各座席に電源が装備され、テーブルが広くなったことでしょうか。パソコン作業が快適になりました。インターネットも使用できるとのことでしたが、使用できるのは勝田〜上野までとのこと。いつも持ち歩いているポケットWiFiにはまだまだ活躍してもらう必要がありますね。個人的にはいわき行きの終電を21:30までにしてくれるとありがたかったですが。でもこれから快適になったひたち君をたくさん利用させていただきたいと思います。


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2011年8月18日

涼を求めて

1暑い夏が続く中、涼を求めて家族で長野県に行ってきました。外遊びができなかった子供たちにとっては、公園やプール、花火など、夏休みの日常を取り戻すことができ、何よりのプレゼントになったようです。また大人にとっても絶景の黒部で涼を堪能しながらたっぷりのマイナスイオンをいただき、思い出に残る夏休みとなりました。


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2009年9月27日

大内宿

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シルバーウィークは研修会や大学の同窓会もあり大忙しでしたが、折角の休みなので会津方面へ出かけてきました。着いてみると、たまたま「会津まつり」が催されていて、NHK大河ドラマ天地人の出演者の北村一輝、比嘉愛未さんが来ていたこともあり大にぎわいでした。年のせいか最近は日本の歴史にハマってしまい、会津まで来たのだからと大内宿まで足をのばしてみることにしました。前日行ってきた方が大渋滞で会津から3時間ぐらいかかったと聞き半分諦めモードの中引き返す覚悟で行ってみましが、休みの最終日ということもあったのかラッキーにも30分程ですんなり到着することができました。大内宿は会津若松城下から日光まで続く下野(しもつけ)街道沿いにあり会津藩が隣国へ行く際の街道で、かつては豊臣秀吉、伊達政宗なども通ったことがあるそうです。茅葺き屋根の建物が長さ450mほど連なり、江戸時代の宿場を見事に再現していました。路肩を流れる用水路の水が冷たくきれいで、お茶やラムネ等がいい塩梅で冷やされていました。中身は一緒なのにこういう場所で飲むと本当美味しいですよね。満腹状態で行ったので名物「ネギそば」(ねぎを箸にして食べるんですよ)は食べられませんでしたが、歴史を感じる大内宿を充分に堪能することができました。

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